引用聖句:使徒の働き10章34節-35節
もう信仰の歩みを随分、三十数年やってきてるわけだから、自分も少しは信仰的に・・内面においても整えられているのかな、なんて思ってると全然そうじゃないなっていうことを改めて教えられるわけです。 ただ、信仰を与えられてるっていうことは、逃れ場を知ってるということ、いつでも逃げ込む場を持ってるということなんですね。 自分がなにか、信仰によって立派な、高潔な人間に変えられてるわけでもなくて、ただイエス様が仰ってるように、幹から離れてしまえばどうにもならない枝みたいなもんだっていうことを、いつも思わされるわけであります。 ありがたいことに毎週礼拝があって、あるいは兄弟姉妹とのこのような交わりの場があって、そこに参加することによって整えていただく、自分で自分の信仰を何とか頑張って維持するっていうもんじゃないですね。 ともなる礼拝や交わりの場に加わることによって、主によって満たしていただく、力を与えていただく、肉的なさまざまな思いから解放していただく、そういうものだなということを改めて思わされるわけです。 だから、自分の信仰を何とか頑張ろうとして、維持しようとして、頑張らなくてもいい。 いつでも、主の備えておられるところに行って、主の恵みを受けて帰ればいい、そういうような思いを改めて思わされます。 信仰は支えていただくものだなということを、主によって支えられるものだなということを思わされますね。ですから、自分の状態がどうであろうと気にしないで、そこに目を留めないで、主の恵みの座に近づいて行くこと、それでいいのだということを思わされています。 そういう意味では、がっかりしなくてもいいということだと思いますね。 もう私たちは自分自身に失望し、絶望し、それで主のもとに立ち返った者ですから、自分にはいかなる意味においても期待しないでいいんじゃないかと思いますね。 前回、前々回の学びでご一緒に見てきましたように、ペテロはエルサレムから地中海のほうへ、五、六十キロ下ったところにあるルダやヨッパの町々を巡回いたしました。 ルダという町では、中風にかかっていたアイネヤという男性をいやし、ヨッパの町では、すでに死んでしまっていたタビタという女性信者をよみがえらせたと、9章に出ておりました。 そしてそのヨッパの町の海辺にある、皮なめしのシモンという人の家に滞留していたと、9章の43節に出てまいります。 使徒の働き9:43
というんですね。 私の持ってるこの大きな注解付きの聖書の説明によりますと、当時のユダヤでは皮なめしという職業は、動物の死体に触れるので、汚れた職業とされていたと書かれております。 ペテロが、この皮なめしのシモンの家に滞在したということは、当時の社会的偏見やユダヤ教の習慣から、ペテロが解放されていたことを意味してるのだという、そういう説明が下の欄外に出ております。 人間の偏見とか固定観念とかいうものは、よくよく考えてみれば、根拠のない馬鹿らしいものでしかありませんけれども、しかしそこから解放されるということは容易ではない。 至難のことであるという場合が多いのではないでしょうか。 よく言われますように、アメリカという国は、そのピューリタンたちがおもに、命懸けで、ヨーロッパの祖国を捨てて、渡って作った国ですよね。 いわば信仰に燃えて、彼らは渡って国を作ったわけですけども、二百年くらいでしょうか、その黒人奴隷をまったく家畜と同じように扱いましたね。 彼らはクリスチャンでありながら、その黒人奴隷たちを人間として扱わないでいい、彼らを人間と見なさないという、そういうことをごく当然なこととして考えていたと言われております。 同じ人間として考えていたならば、決してああいうふうには扱えなかった。しかも聖書を知っている。 まことの主なる神を信じている多くの人々が、家畜と同様に黒人奴隷たちを二百年にも亘って扱ったんですね。 彼らも同じ人間なのだ、ただ皮膚の色が違うだけなのだっていう、そういうことに彼らが目覚めるということは、容易なことではなかったわけであります。 そのことに気が付くまでに、本当にアメリカっていう国は大変な、国民全体としての苦悩と言いますか、それを味わわなければならなかった。 最近ある方が書いてる、アメリカの国についての歴史を見ますと、あのリンカーンが、南北戦争で六十数万のアメリカ人たちが死ななければならなかった意味、どうしてこういうことが自分たちの国で起こったかという意味は、自分たちが二百年に亘って、黒人奴隷たちをあのように扱ったことに対する贖いの血と言いますか、自分たちがそれを償うために、アメリカ国民全体がこれだけの血を流さなきゃならなかったのだ、神はいわば、その償いとしてわれわれの血を要求されたのだと、理解したというふうに言われております。 聖書の神は、確かに愛の神ですけれども、しかし、不義を見逃し給わない神であります。私たちがなしたさまざまな、不義に対しては、報いを要求される。その償いを要求される。やっぱりこれは事実なんですね。 イスラエル社会というものを見ますときに、旧約聖書からわれわれが知るように、あれだけ羊や牛を飼い、それらの家畜に支えられて成り立っていた社会であるにも関わらず、動物の皮をなめす職業が卑しめられ、それに携わる人々が軽蔑されていた、差別されていたわけであります。 なめされた皮は生活の必需品ですから、重宝されますけれども、その職業をさげすむというのは、実に不思議なことですけども、人間ってのはそういうものだということですね。 このような、人間にこびりついて容易には剥がれない偏見から人間を解放するには、ものすごいエネルギーが時として必要なようであります。 その社会の中にいる限りは、それがおかしいのだということにすら気が付かない。それほどに、人間の固定観念とか偏見というのは、自分自身ではどうにもならないっていうぐらい、強固な粘着性をもっている。 私たちの身と心の中に、深く沁み込んでしまうということは、多くの場合にあるようであります。 そういうものから人間を本当に解放するために、いわば革命的な力と言いますか、別の世界から臨むような力が、時として必要なようですね。 福音信仰とはこのような、いわば別の世界からの帯びて来た力、ものすごい力を秘めるものであるということ。これが聖書が私たちに伝えているところであります。 この世から来たものでない、まったく次元の異なるところの世界から私たちに臨んで来たもの、福音の中に秘められてるところの力、それを恐れに触れた人々が、この2,000年の歴史において社会を根本から新しくしていった。 そういう事例がいっぱいあるんじゃないでしょうか。 信仰に生かされたクリスチャンたちが、その社会、その周辺を本当に新しくしていく。そういうエネルギーを、福音というものは秘めてるものなんですね。 どうでしょうかね。私たちもかつてこの信仰を受け入れて、私たちの家庭の中に、家族の中に、今までとは違った世界が入り込んで来ました。新しい力がそこに流れ込んで来ましたですよね。 そしてそのために、私たちの家族の間にさまざまな摩擦が発生したりしましたけれど、しかしそれを通して、家族はひとりひとり目覚めていかされましたですね。 小さい事例を取ればそういうことですね。私たちのまず家族の中にその力が入って来ます。そして私たちの人間関係を、別のものに作り変えていきますよね。それは福音の持ってる力として、当然のわけでしょう。 しかしいつの間にか、この力も、信仰の生き生きとした力も、この世の常識や習慣と妥協するようになり、あの革命的な力、エネルギーを失っていくことが往往にしてあるようであります。 目覚めさせてくれる人々、旧約聖書で言えば預言者やさばき人が神さまから遣わされないと、私たちクリスチャンも、自分では気が付かないままに、いつの間にかまどろんでしまう。その力を失ってしまう。 この世を確信するのでなくて、この世に順応していってしまう。そういうおそれがいつもあるような気がいたしますね。 私たちのところにはベック兄姉が遣わされていて、常に私たちに、そのまどろみから目を覚ますように、信仰の原点に立ち返るように、常に目を覚まさせてくださるもんですから、本当にありがたいんですけれども、いつの間にか私たちはこの世の中に埋没してしまいそうであります。 コリント人への手紙第II、10:4
すごい表現ですよね。私たちの戦いの武器は、人間の物ではなく、肉の物ではなく、人間の考えとか人間の力ではなく、神の御前で要塞をも破るほどに力のあるものです。 御霊を通して私たちのうちに与えられてる力、それはどのようなこの世の力や知恵をも克服することのできる、打ち砕くことのできる、神さまから与えられる武器なのだということですね。 パウロは、この戦いの武器がどんなに力のあるものかということを、経験していたわけであります。 人間の考えや、人間の力により頼むものではなくて、御霊により頼むことによって主が力を現わしてくださる。そこにいつも私たちクリスチャンは、目を向けていたいんですね。 静まって、主がなさること、御霊が教えてくださること、そこに立つべきであります。この世の人の持っている、力や知恵と同じ次元に立ってはならないのであります。 この偏見や固定観念ってものがどんなに大変なものであるかということは、このペテロ自身の経験が示していると言われています。 ペテロはイエス様の救いに目を開かれることによって、まずユダヤ教の偏見から解放されていきました。 主にあって兄弟となった皮なめしのシモンの家に、彼は滞在いたしました。 しかしこの時点までペテロには、神の御前ではユダヤ人も異邦人もなんの区別もないのだなどとは、とても考えられないことでした。 ユダヤ人の中での差別については、彼は解放されたんですね。ですから人々は、軽蔑するような、卑しめるような、そういう皮なめしを仕事としてるシモンの家に、彼はなんのわだかまりもなく入って行って、そこで交わりをもちました。 お世話を受けました。ユダヤ人の中ではそうでありました。 しかしユダヤ人と、ユダヤ人以外の異邦人との間にも、神さまの前にはなんの区別もあり得ないのだということ。このことは、ペテロにはまだまだとても考えられないことだったようであります。 ユダヤ人こそが旧約聖書で告げられているように、神の選びの民であり、したがって救いはただユダヤ人だけのものであり、異邦人は救いにあずかれないと彼は信じて疑いませんでした。あのペテロですらそうだったのであります。 救いが異邦人に及ぶなどということは、当時の、主の弟子たちは全然考えることすらできなかったんですね。 それは人間の説得などによっては到底解消することのできないような、強固な偏見として、ペテロにこびりついていたようであります。 この使徒の働きの10章は、ペテロのこの偏見、ユダヤ人としての強固な固定観念を、主がどのように打破されたか、そしてペテロを広い世界へと導き出していかれたかが書かれています。 ペテロにとってはもう革命的なことだったろうと思いますね。 この問題をめぐって、当時のエルサレムの教会始め、とにかくクリスチャンたちがもう大論争と言いますか、大変な苦労をしたと言いますか、それはこのあとのほうにで出てきますが、今日の私たちから見れば何ていうことはないというふうに思えるけれども、決してそうじゃなかったんですね。それは大変なですね、問題でありました。 旧約聖書のあの時代には、長い間ユダヤ人たちはそういう観念の中に閉じ込められておりました。一歩もその外に出ることはできませんでした。 新約の時代になって、イエス様の救いがはっきりと示されて、しかしその最初の間は、この壁を打ち破るのに大変な・・彼らは、目に遭わなきゃならなかったんですね。 福音の真理についてですね、彼らがその狭い偏見から解放されるために、まず最初に出くわしたのが、この使徒の働き10章の出来事であります。 ペテロに後々まで残っていた、ユダヤ教的偏見の尻尾を徹底的に切り落としたのは、パウロであります。 あとで、ちょっとそういうところを見たいと思いますけれども、そういう意味では、パウロが福音の全世界的な普遍性と言いますか、全人類に対する救いの知らせなのだということを、一歩も譲らなかった。 これは、パウロの渾身の戦いと言ってよかったかもしれませんね。 私たちは今日、サッと聖書を読んでると、そこにあんまり気が付きませんけれど、注意して読むと、そのことが分かると思います。 先に申しましたように、この使徒の働き10章は、主がペテロに、主の救いについてはユダヤ人も異邦人も何ら区別はないのだ、ということを明らかにされた箇所であります。これがこの第10章の主題であります。 使徒の働き10:1-3
と書いてありますが、カイザリヤ、新約聖書によく出てきますね。 このヨッパという町から、地中海に沿って北の方にまた五十キロか六十キロぐらい上がるところにある港町であります。 ローマ皇帝カイザルの名前をとった町ですから、カイザリヤ。カイザルの町という意味ですね。 ローマの総督がそこに駐在し、ローマの軍がそこに待機していた。エルサレムに次ぐ第二の都市だったようです。 アレキサンダー大王がエジプトの港に建てたがアレキサンドリアといいましたけれども、こういうふうに、王の名前をつけた町が当時はあったんですね。 カイザリヤという名の町は、ガリラヤ湖の下の方にもう一つピリポカイザリヤというのがあります。 イエス様が、一番遠くまで弟子たちを導いて行かれたヘルボン山の麓辺りだろうと言われていますけども、そこまで主が連れて行かれたときがありました。そして人々に、「わたしをだれだというか。」と聞かれた。 ペテロが、「あなたこそ、生ける神の子キリストである。」と言ったという記事が福音書の中に出てきますね。 「バルヨナ・シモン、あなたは幸いである。このことをあなたに明らかに示したのは血肉ではなく、天の父である。」 イエス様は、このペテロの信仰告白を喜ばれたということが書いてあります。そして初めて、ご自分が異邦人の手に渡され、十字架につけられること、しかし三日目によみがえるということを、告げられたということが福音書の中に記してあります。 イエス様が、山の上に上って行かれて、弟子たち三人を連れて、そこで主の衣が真っ白に輝いた。変貌山の記事が出てきますよね。 それはピリポカイザリヤの近くだということが聖書に書いてあります。 ですからカイザリヤと言っても、今言ったように、その地中海の港町だった総督がいたカイザリヤと、ガリラヤ湖の上の方にある、ピリポカイザリヤと言われたもう一つのカイザルの名前をつけた町があったということですね。 ピリポというのは、あのヘロデ大王の息子のひとりです。ローマのカイザルのご機嫌をとって、町をそのように改名したんですね。 その町にカイザルの名前をとって喜ばせたわけですよね。 ガリラヤ湖も、テベリア湖なんて出てきますけども、同じようにテベリ王という当時のローマ皇帝の名前を使って、ガリラヤ湖のことをテベリア湖と呼んだりしておりますが、テベリアという町をわざわざ名前を変えて、ガリラヤ湖の近くの町をテベリアという町が出てきますよね。 こういうふうに、その皇帝の名前を使って、当時の権力者が媚びへつらったと言いますか、目をかけてもらうために付けた名前ですね。 このカイザリヤに、イタリヤ隊の百人隊長でコルネリオという人がいたと書いてあります。 聖書では、教師とか学者とかいうのは大概目の敵にされております。ぼくなんか教師の端くれなもんですから、いつも聖書に出てくる、「わざわいなるかな律法学者、パリサイ人。」と言われると、どうもその辺りに自分なんか位置してるなというような感じがして、いつも頭を叩かれるような思いがしますけども。 軍人は反対に、信仰の模範として実によくお褒めにあずかってるんですよね。イエス様がその信仰に驚いた、あのカペナウムの百人隊長なんかも軍人ですよね。 このコルネリオという軍人が出てきます。権威と秩序を重んじ、忠実な気質をもっていた。そういう人々だったっていうことでしょうね。 もちろん軍人にも色々いるでしょうけれども、軍人の特徴的な気質というのはやっぱり権威を認め、秩序を重んずること、忠実であること、命令に対して彼らは従わなきゃいけませんね。それがなければ軍は成り立ちませんから。 だからそういう、彼らの忠実さ、権威に対する従順さ、そういうものを、「このような信仰を、わたしはイスラエルの中で見たことがない。」とイエス様が仰ったと出てきますけれど、彼らのそういう気質、それを仰ったろうと思いますね。 コルネリオはユダヤに、イタリヤ隊の百人隊長として赴任いたしました。下士官にあたると言うんですけどね。 われわれ戦後生まれにはさっぱりピンと来ないんですけども、下士官級の・・・ですから、あんまり偉くない軍人であります。 彼はユダヤに来て、聖書の教えてるまことの創造主なる神、天地万物を造られた唯一の神、この神を知り、神を恐れる敬虔な人であったということであります。 使徒の働き10:2
と書いてますね。主を恐れる心をもっていた。そして、主なる神に仕えようとして自分にできることを、誠実に心から行なう人であったということです。 彼の、神を敬い、恐れ、主に喜ばれたいという思いは、自ずから良き行ない、良き生活となって、あるいは隣人愛となって現われていったわけであります。 このように、本当に心から主を恐れ、敬う人。主のみこころを大切にし、主に従う、主に喜ばれようとして生活する人。 こういう人を神さまは決して見逃されないのであります。 そういう人は必ず主のみこころに留まるのであります。主は、その人の心をご覧になってるからですよね。 歴代誌第IIの16章。有名なみことばですね。 歴代誌第II、16:9
主は全地をご覧になり、その心がご自分と全く一つになっている人々に、御力をあらわしてくださる。 イエス様は、人に見られるように善行してはならないと仰いました。隠れたところで見ておられるあなたの天の父が、天の父に報いられるようにせよと仰いましたね。 主に対してなされるわざは、決してむなしく終わらない。これは間違いのないことですね。 私たちが人の目の前じゃなくて、すべてをご存じの主の前に歩む。主の喜ばれる道を歩む。 人にそれが知られようと、知られまいと、人から報いを受けようと、受けまいと、主に向かってなすときに、主は必ず見落とされない。 それは間違いのないことであります。主はその人を必ず導かれるのであります。 同じように本当のことを、真実なるものを知りたいと願ってる人を、主は決して見落とされることはないのであります。 コルネリオという人はそのような人だったから、まことの主なる神を知るようになり、この神を心から恐れる人となったんですね。 そしてさらに主の救いを知るようにと導かれて行くのであります。 神は全能の神ですから、必ずそういう道を備えてくださると聖書は約束しています。 使徒の働き10:4-8
主は御使いを通して、ただペテロを招くように命じられました。その理由についてはなにも語られませんでした。 ペテロを招きなさい。と仰っただけですね。 コルネリオは、ペテロが来れば、主の命じられた理由が分かるということを知っていましたから、なんのために私はペテロを招かねばならないのですかなどと、余計な質問はしていませんね。さすがに軍人であります。 「こうしなさい。」と言われたら、「なぜですか。」などと言わずにそうしていますね。あの9章に出てくるアナニヤにまさるんじゃないでしょうか。 9章の13節に、主がアナニヤに、「パウロのところに行け。」と、幻の中で仰ったときにアナニヤはこう答えています。 使徒の働き9:13-14
こういうふうにして、言うことを聞かないんですね。 主が、「立って、『まっすぐ』という街路に行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。そこで、彼は祈っています。」と11節で仰るのにも関わらず、「主よ。しかしこうなんだ。」と言っていますね。 だから主は、 使徒の働き9:15-16
これでやっとアナニヤは納得して出かけるんですね。 そういう意味でコルネリオは、御使いが語られたとおり、すぐペテロを呼びに使いを出します。 使徒の働き10:9-16
幻で、天から大きな敷布のような入れ物が、四隅をつるされて地上に降りて来た。その中には地上の四つ足のあらゆる動物や、はうもの、トカゲだとか蛇だとかでしょうね、また空の鳥などが詰め込まれていたわけであります。 そして、「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい。」という声がした。ペテロはとてもこれは、「そんなことはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。律法に禁止されてるこのような物は食べません。」って言って、聞かなかった。 同じやり取りが三回繰り返されたと書いています。ペテロという人は、生来、頑冥な人だったんでしょうか。簡単に切り換えのきかない人のようですね。言うことを聞かない。 ペテロは、「それは律法に反してることなのだ。自分が教えられた旧約の律法で禁じられている食べ物なのだ。」と言って、それは自分にはできないって言って頑張ったわけですね。 旧約聖書には、特にレビ記なんかには、汚れた動物というのが出てまいります。 鳥でいうとペリカンだとかね。ご存じのように豚だとか、蹄の割れていない馬だとか、らくだだとか、反芻しないものとか、そういうのはダメだとか、色々ありますよね。 海に棲むものは、鱗がないものはダメなんです。だから烏賊とか蛸とか、ああいうのはダメなんです。 なぜこういうふうに、汚れた動物ときよい動物というふうな区別があるんだろうか。みなさん不思議に思われませんか? 神が汚れた物を造られるでしょうか。そんなことないですよね。 神が創造されたものの中にそれ自体汚れているものというのはないはずですよね。 要するに汚れた物というのは、人間の食用として不適当な物、避けたほうがいい物というふうに考えられるのであります。 豚のような雑食性の家畜よりは、草食の羊だとか山羊だとか牛のほうが、おそらく人間の体にとってはいい。 イエス様が仰ったように、パウロも言っているように、それ自体、汚れた物っていうのはないのであります。 当時のユダヤ人のおかれてた環境なんかにおいては、さっき言ったように、例えば鱗のない物、鯰とかそういうもの、色んなものがあったようですけども、やっぱりそれは食用に適さないっていうようなことがあったらしいですね。 ですからそれ自体が、忌み嫌わなければならないいわば、その存在自体がすでにのろわれてるっていうような、そんなものはないんですよね。それはどう考えても聖書的ではありませんね。神がそういうものを造られるはずがないからであります。 あるものが、のろわれるべきものであるということ、忌み嫌われるべきものであるということは、そのものが神さまに対するそむきと言いますか、神さまに逆らうという、そういう神さまに対する敵対的な立場におくということを通して、初めてその人の意思から出てくることであり、意思のない被造物が、その存在がもともと汚れてるとか、きよいとかっていうことは、これはあり得ないですね。 聖書的ではありませんね。 聖書はそのように・・・ (テープ A面 → B面) ローマ人の手紙14:14
これは避けたほうがいいと思う人にとっては、それは避けたほうがいい。 例えばお酒というのがありますね。タバコというのがありますよね。 それ自体汚れてるってわけじゃないわけです。だけど、自分はどうも酒なんか飲んだら自制心を失いやすいから、私はこれを止めようという、それに触れまいと思う人はそれを止めればいいですね。 これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れた物なんです。これは自分を汚す、その危険性があると思ったらで、それは避ければよろしいっていうだけの話ですよね。 イエス様が仰ったように、福音書の中でイエス様がそう仰ってる、それを「主イエスにあって。」とパウロはあえて言っているわけであります。 「人を汚すものは食物ではない。食べ物が人を汚すのではない。人から出るものが人を汚すのだ。」とイエス様は仰って、ユダヤ人ががんじがらめになってる、そういう食べ物に対する律法から、人々を解放しようとなさいましたよね。 まったくそのとおりであります。 ペテロはなお、イエス様のみことばを聞きながら、この汚れた物という観念から抜け出せなくて、三回も、御使いの命令に対して拒絶を繰り返しているわけであります。 使徒の働き10:17-23
と書いてあります。ためらわないで、あの異邦人たちといっしょに行きなさい。これが、「ペテロ。ほふって食べなさい。」と、自分に語られた主のみこころだった、その意味だったということに気が付くわけですね。 異邦人たちを受け入れるっていうことは、ユダヤ人はできなかったわけです。当時は。 そこでペテロは、彼らを中に入れて泊まらせたと書いてますけども、それは主がその前に、こういう三回もの御使いを通しての啓示を与えられていたから、彼はそれに気が付いたんですね。 「あっ、この人たちを避けてはいけない。この異邦人たちを受け入れ、彼らについて行きなさい。」というのが主のみこころなのだということで、彼はそれに従ったわけであります。 その先については、ペテロはもちろん分からないわけですよね。異邦人を避けてはならない、交わりを拒んではならないと主は仰ってるんだというふうに、そこまでは分かったわけであります。 主のみこころは、もっと先にあるわけですね。 使徒の働き10:23-33
このコルネリオのしもべたち三人といっしょにペテロは出かけますけども、ヨッパの兄弟たちも数人同行したと書いてますね。 11章の中に六人だったということが出てきますけども、六人の兄弟たちがペテロに付き添ってカイザリヤに出かけて行ったんですね。 これは証人になるためなんです。なにが起こるか、どういうことになるのか、そのことの証人として同行したんですね。 主のみこころをうかがうための用意を万端整えて、コルネリオとその親族、知人たちは、ペテロの来るのを待っていたんですね。 ペテロを通して、主が自分に語ってくださる、それを聞く備えを彼らは本当に万端、整えておりました。 主のみことばを聞くときの心構えって言いますかね、本当に大切なことと思いますね。背筋を伸ばして、全身を耳にしてと言いますか、「主が自分になにを語られるか聞こう。」、彼らはそういう用意をしておりました。 使徒の働き10:33
神の御前に参る。「さあ、語ってください。主はなにを仰るのか教えてください。」、こういうふうにコルネリオは言ってるんですね。 心と思いを整えていますから、心の耳を澄まして主の前に出る。 みことばというのは、そういうふうに神妙を立てて、本当に心を平らかにしてと言いますか。さまざまな肉的な思いから離れて、虚心坦懐に、主が自分に語ろうとしていらっしゃることを聞く、そういうのがやっぱり大切だと思いますね。 私たちはさまざまな機会に、聖書のみことばを聞くわけですけども、本当にこのコルネリオの一家の、用意万端整えて待っている、それを読むときに、そういう気がいたしますね。 主はあの幻を通してペテロに、異邦人を汚れた人々として拒んではならないと諭されました。そのことに気が付いてペテロは即座にこの人々を受け入れ、彼らを遣わしたカイザリヤのコルネリオのもとに赴きました。 しかしコルネリオに会ってみて、さらにペテロは、主の救いが異邦人にも、ユダヤ人と同じように与えられるものであることをはっきりと知ったようであります。 使徒の働き10:34-35
はっきりわかりましたと書いていますね。 このコルネリオとその一家は、主によって受け入れられている人たちである。自分たちユダヤ人だけが主によって受け入れられるのではない。この人たちは主によって受け入れられているってことですね。 ペテロははっきりこのときに悟ったのであります。 ペテロはもちろん、御霊による目を持っておりましたね。私たちは今まで、ペテロが瞬時にして人を見抜いた、人のうちにあるものを見抜いたということを何箇所かで見てまいりましたね。 あの魔術師シモンのところでも、私たちはそれを見ました。 「金を持って来て、その聖霊を私にもください。」と言って、ペテロとヨハネのところに出てきた魔術師シモン。 そのシモンをペテロは、「あなたはまだ苦い胆汁と不義の絆の中にいることが私にはよく分かっている。あなたはこのことについてはなんの関係もないし、それにあずかることもできない。あなたの心は神の前に正しくないからだ。」と言って、魔術師シモンに厳しい言葉をかけましたね。 アナニヤとサッピラのときも、ペテロは彼ら夫婦の中に潜んでいるものを見落としませんでした。霊の目をもってペテロは、その人のうちなるものを見分けましたね。 このコルネリオを見たときにペテロは、この人は主によって喜ばれている人、受け入れられている、主はこの人を喜んでいる。そのことを知ったのであります。はっきり分かりました。 神は偏ったことをなさらず、どの国の人であっても神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら神に受け入れられるのです。 同行した六人の兄弟たちは、あとになって、コルネリオたちに聖霊がくだったのを見て初めて、この人たちは主によって受け入れられたと気が付きましたけれども、ペテロはこの時点で確信していたようですね。 あの幻の本当の意味はここにあったのだと、ペテロはこのとき心底納得したんじゃないでしょうか。 このイタリヤ隊の百人隊の隊長である、異邦人である軍人コルネリオが、主によって間違いなく受け入れられている。主に喜ばれている。それはまったく自分たちユダヤ人の、クリスチャンたちと何ら変わりがない。そのことを彼は知ったのであります。 ですからペテロは、主が備えておられるこれらの人々のたましいに向かって本当に安心して、主の救いの確かさについて、すなわちイエス様の復活について語っているわけですね。 使徒の働き10:36-48
すでに整えられており、心を開いていたコルネリオの一家とその知人たちにとって、ペテロの語る救いのみことばは、そのまま受け入れられ、信じられたのであります。 ですから御霊が下りました。その人々のたましいが賛美の思いに満たされました。 彼らの輝く様子を見て、兄弟たちは了解したのであります。分かったのであります。 この出来事、異邦人が初めて主を受け入れた、異邦人クリスチャンが誕生したこの事件は、エルサレム母教会で大きな問題となっていきます。 11章にはその問題が出てくるんですけども、ちょっと端折って、 使徒の働き11:15-18
「どうして、主がなさることを私のような者が止めることができようか、邪魔をすることができようか。」と言って、ペテロがそのときの事情を話したと書いてありますね。 15章は、さらにこの問題をめぐって、エルサレムで激論が交わされたということが記されています。 使徒の働き15:6-11
こういうふうに、この問題はなお尾を引いていき、このいわゆるエルサレム会議で、当時の使徒や長老たちの意見が一致すると言いますか、主のみこころはここにあるのだということを、全員が了解するということになるわけですけれど、ユダヤ教の尻尾を引きずっていた使徒たち、彼がそれから切り離されて、本当に全き福音に立って歩む、それまでには本当に紆余曲折や色んな格闘があったということが見てとれるわけですね。 このクリスチャンたち自身も、最初の初代教会の人たちも、最初は自分たちはユダヤ教の一派だと考えていたようですね。 ユダヤ教の中の一つだというふうに考えていたし、ユダヤ教の人々もそういうふうに見ていた。 ところが段々段々そういうものではないのだということ。キリストの福音というのは、いわゆるユダヤ教の枠をはるかに超えて、天的なまったく新しいものだということを、彼ら自身が、使徒たち自身が一歩一歩気付いていく。そういう過程ではないかと思いますね。 これについてのペテロとパウロの確執などが手紙の中に出てきますけども、もう時間が随分経ちましたので、それはこの先ご一緒に見てみたいと思います。 |