引用聖句:テサロニケ人への手紙第I、3章1節-13節
今まで1章と2章を通して、テサロニケにいる主にある兄弟姉妹はどういう人々であったか知ることができたと思うのです。 ちょっとだけもう一回、1章を見てみたいと思いますけれども、1章を見ると、テサロニケの教会は最初からすばらしい出発をしたことがわかります。彼らは、十字架につけられ死んでよみがえったイエス様の福音を聞いたとき、大喜びでそれを受け入れました。 パウロはだいたいひと月間だけテサロニケにいて、そして福音を宣べ伝えた結果は、彼らは新しく生まれ変わったのです。1章の5節、6節と8節を見るとその秘訣を知ることができます。 テサロニケ人への手紙第I、1:5-6
そして8節。 テサロニケ人への手紙第I、1:8
パウロとシルワノ、またテモテは福音を宣べ伝えたのです。彼らの宣べ伝えた福音はもちろん単なる教えではなく、イエス様ご自身だったのです。そしてテサロニケにいる人々はこのみことばを理解したよりも、宣べ伝えられたイエス様を信じ、受け入れたのです。 それによって救いにあずかる者となり、そして主の証し人となったのです。すなわちみことばが彼らのところから出るようになったのです。 このテサロニケにいる人々はみことばをただ単に頭で理解しただけではなく、ぞれを霊の糧として食べた。自分のものにしたのです。結局私たちはみことばを何回も読もうと思えば読むことができるし、彼らは聖書を持っていなかったのです。 福音を聞いただけで理解することができなかったかもしれませんけれども、そのとおりだと、信じ喜んで受け入れることによってこの福音の力を体験的に知るようになったのです。 みことばを本当に自分のものとして受け入れ、十分に味わったときにのみ、主の大いなる力が働くことができるのです。このテサロニケ第1章の内容はそういうものです。 そして2章によると、パウロと同労者たちの働きが本当に真実なものであったがゆえに、むなしく終わらなかったことがわかります。 そしてテサロニケの集会はマケドニヤとアカヤとにいる信者全体の模範となったのです。すなわち、このテサロニケのキリスト者の群れは、光となったのです。 しかしそのようなすばらしい出発をしただけでなく、それから先の成長のことも疎かにしてはなりません。 子どもが生まれることはだれにとっても大きな喜びでありましょうけれど、生まれてからその子どもは正常な発育をせずに同じような状態にとどまってしまうならば、それは親にとって悲しみの種となります。 それと同じように、罪人がイエス様を救い主として受け入れ、新しく生まれ変わるということは、この世においてもっともすばらしい出来事に違いありません。 けれども神の子とせられた者はやがて妥協してしまい、悪魔の罠に落ち込んでしまうとしたならば、それは大きな悲しみになってしまうのです。 もちろん生まれることと出発とがなければ成長があり得ないことは明らかです。多くの人は、自分は信者だと言いますが、正しい出発がなければ、正しい成長もあり得ないことがしばしばないがしろにされてしまっています。 正しい出発がなさらないと、元の状態にとどまってしまうか、さらに悪い場合には後戻りしてしまうのです。さらに注意しなければならないのは、彼に正しい出発が成されたとしても、それが必ずしも正しい成長を意味するとは限らないということです。 テサロニケの信者の場合はどうだったのでありましょうか。その答えは、今、傳さんのお読みになった第3章の中に与えられています。ちょっとだけ、この第3章について考えながら、七つの質問について考えたいと思います。 第一番目は、この第3章には何という表題をつけることがふさわしいのか。 第二番目は、「信仰」ということばはいったいどこに出てくるのか。 第三番目は、信仰そのものとはいったい何か。 第四番目は、いかなる危険がキリスト者の信仰生活を脅かすのか。 第五番目は、パウロがいかにして信者たちのために信仰の危険を警告したのか。 第六番目は、パウロがこのテサロニケの教会について、いかなる情報を得ていたのか。 第七番目は、信者のためにパウロが何を望んだのか。 この七つの質問についてちょっとだけ考えてみたいと思います。 第一番目は、第3章には何という表題をつけるのがふさわしいのでしょうか。「良き進歩」という題をつけることができると思うのです。 あるいは「信仰によって」とも言えるでしょう。または「それにもかかわらず」という題もつけることができるのではないかと思うのです。 あるいはただ「吟味」とも言えるでしょう。あるいは「苦しみを通しての祝福」ともつけることができると思います。 この第3章は次のように三つに分けて考えることができると思うのです。 第一番目は、奉仕における協同。 第二番目は、奉仕における苦難と患難。 第三番目は、奉仕における交わりの喜び。 奉仕における協同について、1節と2節に書き記されています。そして奉仕における苦難と患難について、3節から8節までに書き記されています。 そして奉仕における交わりの喜びについて、9節から最後まで、13節まで書き記されています。この第3章の中で数多く出て来ることばは、「信仰」ということばです。 これが第二番目の質問です。信仰ということばは、いったいどこに出てくるのでしょうか。まず出てくるのは2節です。 テサロニケ人への手紙第I、3:2
あなたがたの信仰を強めるために、テモテが遣わされたのです。 信仰をもつことは大切です。けれどそれだけでは十分ではないのです。強められなければならない必要性がある。そして5節です。 テサロニケ人への手紙第I、3:5
悪魔が テサロニケ人への手紙第I、3:5
あなたがたの信仰を知るために、パウロはテモテをテサロニケまで遣わしたのであります。むだになるようなことがありうることだからです。 そして6節にも信仰ということばが出てきます。 テサロニケ人への手紙第I、3:6
テモテがあなたがたの信仰について、知らせてくれた。7節にも信仰ということばが出てきます。 テサロニケ人への手紙第I、3:7
とあります。私たちはあなたがたの信仰によって、慰められたということです。もう一回10節にも出てきます。 テサロニケ人への手紙第I、3:10
とあります。イエス様を信じるということは、イエス様と結び付いていることを意味しています。 信仰ということばは、何回も何回も聖書の中に出てきますけれども、役に立たない信仰もありうることです。救いに至る信仰もあります。 ですから信仰とは何かと思うと、信仰とはいつもイエス様との結び付きだと考えたら一番わかりやすいのではないでしょうか。 信仰とは頭の知識を得ることではないということなのです。イエス様を信ずるということは、イエス様と結び付いていることです。 それこそパウロが望んでいたことであり、テサロニケの信者がイエス様と結び付いていることこそ、パウロの切なる願いだったのです。パウロはテモテからこの事実を聞いたとき、大いに慰められたのです。 この3章によって、パウロがいかにして信者たちをイエス様の御手の中にいれたかを、はっきりと見ることができます。さらに神の御手にある信者たちが神の導きによって、すくすくと成長していることもわかります。大切なのは、主と結び付いていることです。意識して主に頼ることです。 第三の質問は、そもそも信仰とは何かということです。信仰について考えると、おそらくだれでもがすぐヘブル人への手紙11章の1節のことばを思い出すのではないかと思うのです。 ヘブル人への手紙11:1
このみことばによると、信仰とは二つの面を持っています。すなわち第一番目は、目に見えないものを見ることであり、もう一つは、第二番目に、将来のことを知ることであります。 ですから信仰の代わりに、確信とか信頼とか、あるいは望み、希望ということばを用いても良いでしょう。 そして実際には、信ずるとは何であるかと言いますと、イエス様と出会い、イエス様に信頼し、イエス様に自分自身を明け渡すことです。 まことの信仰の内容は、イエス様が十字架につけられ、よみがえられ、再び来られるということです。イエス様の教えたことよりも、イエス様ご自身こそが信仰の内容です。 前に言いましたように、信仰とはイエス様との交わり、イエス様との結び付きにほかなりません。信ずる者は、見えないけれどもイエス様を愛し、やがて来られるイエス様を待ち望んでいる者です。 ペテロの手紙第Iの中で、ペテロは当時のずっと迫害されたクリスチャンたちに次のように書いたのです。少しあとになります。ペテロの手紙第Iの1章の8節です。 当時は偽者があまりいなかったのです。みんな信仰のゆえに迫害されたからです。考えられないほど誤解され、憎まれたのであります。けれどもペテロは彼らについて次のように書いたのです。 ペテロの手紙第I、1:8
彼らはイエス様との交わりを知るようになったから、結果として、ペテロはこういうふうに書き記すことができたのです。 テサロニケの信者たちに対してパウロが抱いていた最大の関心事は、彼らはこの信仰を堅く守り続けるということだったのです。すなわち彼らが、目には見えないけれども必ず来られるイエス様を見上げ続け、どんなことが起ころうとも、イエス様との生き生きとした交わりを持ち続けるということだったのです。 そこでパウロはテサロニケの信者の信仰が、堅く立っているかどうかを知りたいと心から切に願っていたのです。5節を見るとわかります。テサロニケ人への手紙第Iの3章に戻りまして。 テサロニケ人への手紙第I、3:5
テモテを テサロニケ人への手紙第I、3:5
とあります。パウロは、テサロニケの教会はもう絶対大丈夫だというような確信を持つことをせず、どうなっているか絶えず心を配り、配慮していたからです。 もちろん彼の信仰はそれらの不安や心配を克服しました。というのもパウロが見ていたものは、彼らの弱さや問題ではなく、主の真実さと主の恵みだったからです。 パウロは大いなる愛をもって彼らのために心を配ったため、アテネとコリントでテモテといっしょに働くことを断念し、テモテをテサロニケへと送ったのです。 第四の質問は、いかなる危険がテサロニケにおける信者たちの信仰生活を脅かしたかということです。 色々なことがイエス様との交わりをダメにする原因となりえました。3節を見るとわかりますが、このような苦難の中にあっても、動揺する者がひとりもないように励ますためペテロは同労者テモテをテサロニケまで遣わしました。 絶えずイエス様を見上げることをしないとイエス様を見失ってしまう危険性が大いにあるわけです。そしてイエス様を見失うと、信仰は弱くなりますが、色々な患難を通してそのような状態に陥ることは稀ではなく、イエス様にしっかりと結び付くことができなくなってしまうのです。 そのために、5節に書いてありますけれども、そのためにパウロはもはや試みる者、誘惑者は彼らを試みはしないかと気遣ったのです。 患難を通してイエス様を見失ってしまうと、悪魔がはいってきて、われわれの信仰の土台を崩してしまうのです。またイエス様を絶えず見上げていないと、私たちは悪魔の手玉にされてしまいます。 パウロは心から本当にテサロニケの信者たちのために心を配っていたことは、1節と5節に、私たちはこれ以上耐えられなくなった。私たちはもはやがまんできなくなったということばからも知ることができます。もうがまんできないと彼は叫ばざるを得なくなったのです。 テサロニケの集会が脅かされると、パウロと同労者たちも同じように信仰が脅かされ、彼らが主にあって堅く立つならば、パウロたちも生きることになるからです。その8節を見るとわかります。 テサロニケ人への手紙第I、3:8
したがって、集会がダメになることは、パウロにとって死を意味するに等しいことでした。けれども彼らが主にあって堅く立っていることを聞いたときパウロも、生き生きとした状態にあることができたのです。 ほかの兄弟姉妹が苦しんでいるときに私たちも同じように苦しみを感じているのでありましょうか。 カインはかつて主に向かって、「私が弟の番人でしょうか。」と言ったのです。今日でも多くの人がカインと同じような態度を取っているのではないでしょうか。この態度はまさに殺人犯の態度なのです。 兄弟姉妹のだれかが罪を犯したとき、それは自分には関係がないという態度を取るならば、それこそまさにカインと同じような態度にほかなりません。 パウロはテサロニケの集会としっかりと結び付いて一つになっており、もはや離れることはできない状態になっていました。そのために彼らが主にあって堅く立っているときは、パウロの信仰も喜びで生き生きとしており、彼らの信仰が揺り動いて動揺しているときはパウロも同じように痛みを感じたのです。 第五番目の質問は、パウロがいかにして信者たちのために信仰の危険を警告したのかということです。 4節を見ると、やがて患難に会うことをあらかじめ預言しておいたことがわかります。パウロはかならずやイエス様に従うことは十字架を背負うことを意味し、色々な患難や苦しみに遭遇するはずであると言っておりました。 けれどもただ単に警告しただけではなく、なぜ患難に会わなければならないかについても語っているのです。 第一の理由は、信者がこの世にあっては、いわば異分子のようなものであり、寄留者、また旅人であるため、思いはこの世ではなく、天国にあるため、妥協しなければ必ず患難が伴わざるを得ないということです。 第二に、患難によってのみ、私たちの信仰はきよめられ、強められるということです。例えば、金は1000℃の熱さで鍛えられます。そして信仰は聖書の中で金に例えられています。 前に開きましたペテロの手紙第Iの1章のその前の節、8節読みましたね。 ペテロの手紙第I、1:7
とあります。患難によってのみ、信仰はきよめられ、強められるのです。 患難がなければわれわれの信仰は鍛えられず、したがって成長しないということです。それですからパウロは、例えばローマ人への手紙5章3節に、患難をも喜んでいると言うようになったのです。 パウロは信者の信仰を強め、励ましたのです。 テサロニケ人への手紙第Iの3章に戻りまして、彼らの信仰が強め、励まされる必要性について書いてありますし、そして10節を見るとわかりますが、彼らの信仰の足りないところを補いたいと、パウロは願ったのです。 すなわち彼は決して気休めのことばや、事実に反するようないい加減なことを言わず、信仰が成長するためにはどうしても多くの患難が必要であると言ったのです。パウロの心からの願いは、信者の信仰が強められ、成長することでした。 パウロの生活の特徴はいったいどういうものなのでありましょうか。彼の書いた手紙を読むとすぐわかります。彼の祝福された実り多い生活の特徴は、自分自身を忘れ、ほかの信者の生活を願うということだったのです。 われわれの場合はどうでしょうか。ほかの信者に対してどのような態度を取っているのでしょうか。 第六番目の質問は、パウロがこのテサロニケの教会について、いかなる情報を得ていたのでしょうかということです。 6節を見ると、テモテが良い知らせを持ってきたことがわかります。テモテはテサロニケの教会の信仰と愛とについて知らせました。テモテはテサロニケの信者が信仰によってイエス様としっかり結び付いていることを自分の目で確かめたのです。 彼らは決して宗教団体を形成していたのではなく、イエス様との生き生きとした交わりを持っていたのです。そして自発的な交わりを形成させたものこそ、愛にほかならなかったのです。 8節を見ると彼らが主にあって堅く立っていたことがわかります。けれど今日、多くの信者は堅く立っておらず、いつも動揺しているのです。 けれども堅く立つことは決して自分の力によるのではなく、主にあって初めて実現されるのです。したがって主にあって堅く立つということは、自分自身のむなしい努力をやめて、全てをイエス様にゆだね、明け渡すことによるのです。 テサロニケの信者たちは勝利の生活の秘訣を知っていたのです。すなわち自分の力に頼って、いくらクリスチャンらしい生活をしようと思っても上手くいきませんとはっきり分かったようです。だから自分の努力をやめ、全てを主にゆだね、明け渡したのです。 パウロは彼らの状態をつぶさに聞いて、そのために大喜びで感謝をしました。けれどもパウロはそれで満足したとか、それで結構であるとか言うことはせず、さらに高い目標を見上げてそれを目指していたのです。 確かに新しいいのちを得るためには、多くの戦いが必要とされますが、信者となってからの信仰の成長のためになされる戦いのほうが、はるかに多く、また激しいものです。パウロは信者に対していかなる目標を望んでいるかということを祈りの中で表わしているのです。 これが最後の質問ですけれども、信者のためにパウロが何を望んでいたのでしょうかということについてちょっとだけ見たいと思うのです。 10節を見るとわかります。 テサロニケ人への手紙第I、3:10
と書いてあります。 信仰を完全なものとするために、彼らの信仰の足りないところを補うということでした。そのために愛を増し加えて、豊かにしてくださるために主に祈ったのです。13節を見るとわかります。 テサロニケ人への手紙第I、3:13
とパウロは祈ったのです。祈り続けたのです。昼も夜もと書いてあります。 日夜パウロはしきりに願い求め、祈り続けたのです。実際パウロが信者のためにどのようにして、どれほど配慮したかについてはほとんど想像することはできないでしょう。 すなわちパウロは自分自身の苦しみや問題などを忘れて、ほかの信者たちのために日夜真剣に祈ったのです。このようなパウロの態度と祈りの答えとして主は、テサロニケの集会を豊かに祝福してくださったのです。 今日必要とされていることはパウロと同じように、自分のみならず、ほかの兄弟姉妹に対しても真剣に祈り、力を注ぐことです。 そのような人たちを主は捜しておられます。主はそのような人を通り良い管として用いてくださり、ほかの信者たちをも祝福することを望んでおられます。その意味で私たちは全て主によって自由に用いていただこうではないでしょうか。 今日は一度そこまでにします。 |